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2011年01月05日 Archive

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目に見えるものと目に見えないものの差

昨年の大みそかに、僕はエビの踊り食いを経験した。

僕の目の前に出てきてた時はすでに瀕死状態の海老ではあったが、残り少ない体力を使って必死にもがいていた。

そして僕の口が海老を噛もうとするその瞬間、その海老は最期の力を振り絞って体をしならせた。

驚いた僕は、海老を思わず口から吐き出した。

その時、生命の力強さと食べ物の大切さを学んだ。

海老の生きたいという想い、そしてその想いを汲んで食べるということの大切さ。


でもそんなことを感じるのはなぜだろうか?

それは、瀕死状態の生命が目の前に見えているからではないか。



話は変わって、企業の話。

国内では人を切らない会社が、海外ではその企業の都合で人を切っては雇い、切っては雇うという身勝手さ。

日本人と外国人。

同じように必死に生きて、同じように家族を持って、同じように笑う。

全く同じ人であるにもかかわらず、この扱いの差は何なのか?

その違いは?

もちろん、制度上の問題や日本の国益の問題もある。
それだけだろうか?
当事者の目に映っているかどうか、つまり目の前にいるかいないかの違いが大きな要因の1つではないだろうか。



海老の話に戻ると、必死に生きている海老を目にした自分は、生命の強さと食べ物の大切さを実感した。
もし、あれがすでに調理された海老だったらどうだろう?
刺身や海老フライだったら、僕は生命の強さと食べ物の大切さを実感していただろうか?


目に見えるものと目に見えないものの間にこんなにも差があるのか。


だから日本から遠いアフリカでもがき苦しんでいる人達はこんなにも軽視されるのか。

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