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2009年11月 Archive

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まっすぐに。

永作博美が遂に妊娠だってさ。
ショックだなぁ・・・。


と今日はそんなことが言いたいのではない。
ただ、ちょっとショックだっただけ。
ホントにショックだっただけ。



実は10月からユニセフの国際協力講座を毎週受けていて昨日その授業があった。
この国際協力講座は、10月から2月まで毎週国際協力に関係する内容について、その道のプロの方々から直接お話を聞けるという素晴らしい講座。

当然人気が高いようで、去年まで通っていたN大学の入試より高い倍率をなんとか通過してこの機会を得ることができた。

昨日は、国連人口基金(UNFPA)の東京事務所長、池上清子氏のお話を聞くこととができた。

内容を書き始めると長くなるので省略するが、昨日最も強烈だったのが池上氏の真っ直ぐな熱意だった。

性と生殖に関する健康(Reproducive Health/Rights)や女性性器切除(FGM)について、熱く語る池上氏は、その問題を本当に解決したい!そのために今生きている!といってもいいくらい語り口や雰囲気に全く迷いがなかった。

うまくいえないけど、池上氏の頭の中では今まで考えてきたことや経験してきたことが全て一本の線で繋がっていて、1つの目標に向かって迷いなく真っ直ぐ突き進んできる感じがした。


一方で自分。

最近、色んな思いが交錯して頭の中がグチャグチャになっている。
そして、相変わらず世界とは何なのかを知りたくて色んな本を読んだり色んな人と話したりして勉強をしている。

だけど、それぞれがまだ点と点でしかなく、それぞれが繋がる線とはなっていない。

もちろん、池上氏のこれまでの豊富な経験があってこそ、あそこまでの真っ直ぐな熱意を見せることができるんだろうし、そんなに簡単に点と点がつながっていくとは思わない。

でも、なんか歯がゆいよね。


アフリカから帰ってきて2年。
最近、ようやくあの頃の経験の意味がわかり始めてきた。
(2年という長い年月がかかっているのも、アフリカから帰国した後の自分に進歩が見られないからなのだろうか。)
ただ、その意味もまだ1つの点でしかない。


最近、ちょくちょくと今後の人生を考えていて頭の中がグチャグチャ。
でも、今の苦しみもそのうち実を結ぶのだろう。

世の中に起こっていること全てに意味があるのだから。





あと、集団の中で社会人になれないとちょっと前のブログで愚痴っていたけど、考え方を改めます。
くだらない建前なんてクソ食らえとさえ思っていたけど、やはり集団の中で協調性していくために多のの建前は大事なのかなと。

集団の中で活動するということは、どこへ行っても必要なこと。
集団の中でうまくやっていくための社会人として常識を学んでいこう。
せっかく従業員15万人という大組織の中に属しているんだから、この良い機会に組織の中での生き方を学んでいくぞ!

もちろんゴマなんてすらない。
全ては自分の実力でぶつかってやる。

まだまだだね。

今日、ボランティア時代の友人に会ってきた。

そのうちの1人は、ザンビアで学校を建てて帰国したばかり。

やっぱりバイタリティーに溢れてるね。

たくさんの元気をもらったよ。

そして、僕はまだまだだなととことん思った。

とにかく今は、勉強。

たくさんの人と話し、たくさんの本を読み、たくさんのことを経験し、たくさんのことを勉強し、たくさんのことを悩み、将来の自分のために投資する。

僕の大きな目標を達成するにはまだまだ僕は小さすぎる。

頑張ろっと。

あと、話がもっとうまくなりたいな。。。。

ワインとサルガド

11月19日はボジョレーヌーボーの解禁日。
僕が所属する財務部には、毎年解禁日にフランスの某銀行から結構いいボジョレーが送られてくる。
こういうとき、銀行と取引してていいなって思うよねw
(まぁ、僕自身はほとんど銀行には関わってないんだけど。)

というわけで、解禁日に財務部の有志を募ってボジョレーヌーボーの会を決行。

ワインって今まで結構苦手だったけど、このワインは結構飲めた。
ってゆーか、うまい!!
ボジョレーって全般的に飲みやすいのかな??

ビール/日本酒派な僕にとっては新たな発見でした。



今日はサルガドの写真展に行ってきたー。
アフリカを30年間撮り続けてるジャーナリスト、サルガド。

写真から改めて感じたことは、「人生を楽しめる」ことって幸せなんだなってこと。

紛争地帯から必死に逃げる難民。
機関銃から必死に逃れよとする村人。
食料を求めて必死にさまよう人。

そこに写る人々は皆「生きるために必死。」


一方、日本人や欧米人のような生活にそこそこ余裕が人たちは、「人生をどうやって楽しむか」を考えて生活している。
「生きること」は当たり前の大前提。
その上で、やりたい仕事をしたり、趣味に没頭したり、ボジョレーヌーボーを飲んだり、定年後はどんな人生を送るかを考えたりetc..とどうやって人生を楽しむか考えたりする。

それって本当に幸せなんだぁって思う。

人生をどうやって楽しむか考えることができる人には、様々な選択肢があって、自ら考えて選択できる。

でも、生きるために必死な人たちには、「生きる」という選択肢1つしかない。
自分の人生を彩るものはなく生きるために生きなければならない。
しかも、本人が悪いわけじゃないのに。

やっぱりおかしいよね。

わたし?ぼく?おれ?

  • Posted by: Da
  • 2009-11-11 Wed 22:55:42
  • 日記


まだまだ社会人になれていないなぁと思うことが結構ある。

例えば、一人称を「わたし」と呼ぶこと。

これねぇ、無理。
自分のことを自分で「わたし」なんて呼ぶと虫唾が走ります。。。

社外の人と接するときは頑張って自分のことを「わたし」と呼ぶけど
社内の人と話すとき「わたし」なんて言っちゃうとと気味が悪い。

「わたし」ってゆーと、本当の自分のことじゃなくてその場で作った「建前の自分」な気がする。

僕は基本的にこの「建前」というものが嫌い。
自分が心では思っていないことを笑顔で言うこの「建前」という厄介者。

会社という場では、特にこの建前がたくさん存在する。
上司の前での建前。
投資家の前での建前。

日本人は思ったことを口に出さないとよくいわれる。
まさにその通りだと思う。
アメリカやニカラグア、アフリカでの生活を通して身をもって体感した。
もちろん最低限の礼儀とかはあるけどアメリカ人もアフリカ人も自分の主張はちゃんと言う。
そこに日本人みたいな建前なんてものは存在しない。
だから、そういう意味では海外での生活は居心地がよかった。
腹の探りあいとかしなくてもいいしね。

一方で日本。
思ったことを全然口にしません。
建前の社会。
あー、気持ち悪い。

余談で、しかもぶっ飛んだ発想かもしれないけど、
この建前ってさ、日本人の自殺者数の多さのひとつの要因じゃないのかな思うんだ。

1.最初は建前で思っていることを言わない。
2.それが、そのうちだんだんと「思っていることを言えなくなる。」に変わる
3.お互いに思っていることを言えなくなり、腹を探り合う
4.皆が何を考えているのかわからなくなって怯える。ストレスがどんどん溜まる。
5.ストレスの向けどころがなくなり遂に・・・・・。

まぁ、人間ってそんなに弱くないかもしれないけどさ。。。


ま、その話は置いておいて、今回言いたかったことは建前で溢れかえっている会社生活はどうも居心地が悪いということです。

仕事は面白いんだよ、本当に。
毎日が勉強ですごい充実してると思う。
財務部の人たちもものすごいイイ方ばかり。

ただ、ふと建前での発言を聞いてしまうと「気持ち悪っ!」って思っちゃうんだよね。
まぁ、今生きている社会がこうゆうものなんだから僕があわせていくべきなんだろうけど、僕にはそれができない。。。。
まだまだ社会人にはなれてないなぁ~。


ま、最近はそんな感じ。

今日は投資家への決算説明会でした。
投資家からの事業部についての細かい質問に社長や常務がさらりと答えているのを見ると、さすが役員だなぁ思うと同時に自分はまだまだ会社のことを全然知らないんだなぁと思う日でもあったかな。


さっきも言ったけど、とにかく毎日が勉強です。
このブログにも、頭の整理もかねて勉強してることを載せてみようかな。

ま、気が向いたらやろう。

では。

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