Home > ひとりごと Archive

ひとりごと Archive

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Comments (Close): -
  • TrackBack (Close): -

目に見えるものと目に見えないものの差

昨年の大みそかに、僕はエビの踊り食いを経験した。

僕の目の前に出てきてた時はすでに瀕死状態の海老ではあったが、残り少ない体力を使って必死にもがいていた。

そして僕の口が海老を噛もうとするその瞬間、その海老は最期の力を振り絞って体をしならせた。

驚いた僕は、海老を思わず口から吐き出した。

その時、生命の力強さと食べ物の大切さを学んだ。

海老の生きたいという想い、そしてその想いを汲んで食べるということの大切さ。


でもそんなことを感じるのはなぜだろうか?

それは、瀕死状態の生命が目の前に見えているからではないか。



話は変わって、企業の話。

国内では人を切らない会社が、海外ではその企業の都合で人を切っては雇い、切っては雇うという身勝手さ。

日本人と外国人。

同じように必死に生きて、同じように家族を持って、同じように笑う。

全く同じ人であるにもかかわらず、この扱いの差は何なのか?

その違いは?

もちろん、制度上の問題や日本の国益の問題もある。
それだけだろうか?
当事者の目に映っているかどうか、つまり目の前にいるかいないかの違いが大きな要因の1つではないだろうか。



海老の話に戻ると、必死に生きている海老を目にした自分は、生命の強さと食べ物の大切さを実感した。
もし、あれがすでに調理された海老だったらどうだろう?
刺身や海老フライだったら、僕は生命の強さと食べ物の大切さを実感していただろうか?


目に見えるものと目に見えないものの間にこんなにも差があるのか。


だから日本から遠いアフリカでもがき苦しんでいる人達はこんなにも軽視されるのか。

崖っぷち人生

ふっと振り返ると僕って結構ぎりぎりの人生を送ってるなーと思う。

偏差値50ちょっとの高校時代。
テスト前以外は全然勉強なんてしなくて、授業は基本的に寝ていた。
バッ!っと起きたら先生が変わっていることもあった(つまり、休み時間中も爆睡。。。)
そんな僕が迎えた大学受験。
部活を引退してから朝は早く学校へ行って、帰りは遅くまで残って勉強し続けた。あの頃は本当に勉強した。
(こういう1つの目標を決めたらその目標に向かって突っ走れるのことは僕の長所だと思う。)

そんなに勉強して入学できた大学が、我らがN大学。
早稲田や東大など日本の一流大学と比較したら大した大学ではないけど、僕の中ではかなりハードルの高い大学。
模試を受けても、N大学へ受かる可能性はかなり低いという状況だった(合格圏ランクでいえば、CやD)。
でも、やってみたらラッキーもあり見事入学できた。
第一希望の大学ではなかったけど、うれしかった。
(国公立と私立だから正確には差を計れないけど、第一希望の大学より偏差値は高かったかも。笑)


そして、いざ入学。
僕から見るとみーーーーんな頭いい。
かしこい人が多かったなー。
僕なんかが入ってすいません!と思うこともしばしば。
しかも、人一倍勉強が遅れているにも関わらず、部活にもバイトにも手を出して、てんてこ舞いになっていた。

そんなギリギリの状態でなんとかテストをやりくりして、迎える3年生の夏。
僕は世界へ飛び立った。
途上国を見たい。経験したい。という思いだけで、何の知識も実力もない僕が日本を飛び出した。
アメリカに着けば英語全くわかんないにも関わらず、プレゼンやら路上募金活動やらいろんなことをやった。
ニカラグアに着けば、今度はスペイン語に苦しみながら現地の人と開発プロジェクトに参加した。
モザンビークへ行けば、今度はポルトガル語に悩まされながらもプロジェクトを立ち上げたりした。

この時期は世界とそして世界の優秀な人々と接して、本当に自分のふがいなさを毎日痛感させられた。
ギリギリの状態だった。


そして、僕は社会へ飛び出した。
入社した会社は世間でいう大企業。
同期は、旧帝大はもちろんのこと、早稲田、慶応、海外大学、有名大学大学院出身などとんでもない肩書の持ち主ばかり。
僕がこれまで住んでいた世界にはいなかった人が僕の目の前にいた。
そいえば、東大の人と初めてちゃんと話したのは会社の同期が初めてかもなー笑

別に学歴なんて関係ない!と思い仕事を頑張っていたが、やっぱり賢い人は賢い!(もちろんそうでない人もいる。笑)

何でこんなに簡単に、物事を記憶できちゃうのだろう?
何でこんなに簡単に、抽象的な事柄を単純化できるのだろう?
何でこんなに簡単に、たくさんの事象をまとめられるのだろう?

信じられない人が多い。。

前の部署にもかしこい人は多かったが、今の部署は特に凄い。
何で1年違うだけで、こんなに差があるんだ!と毎日感じざるを得ない。。。


僕は常に自分の力以上の人々が集まる環境にいる気がする。
これは本当に幸せなことで自分がどんどん成長できるということ。

だから、大変だけど今の環境にも負けず頑張ってさらに自分を磨きあげていく!
そして今後もこんな風にがけっぷち人生でありたい。
優秀な人からはどんどん吸収して自分を伸ばしていくぞ!

政治の無力さ

今日はニコニコ動画で「日本の未来を担う社会起業家たち「新しい公共」のその先へ」という番組をやっていた。

フローレンスの駒崎さんやユナイテッドピープルの関根さん、HASUNAの白木さんなど今をときめく社会企業家が集まってそれぞれの想いを口にする番組。

その中で印象に残ったことは、駒崎さんの「政治ってそれほど力がないんだな。」という言葉。

ある番組で派遣村の湯浅さんも同じことを言っていたっけ。

新しい公共という旗印の下、市民と政府が一緒になって世の中を良くしていこうと政府・NGO含め関係者は頑張っていた。
だけど、いくら頑張っても国民がこっちを振り向いてくれない。
「新しい公共」という言葉すら知らない人も多い。

つまり政治がいくら頑張っていても国民は全く無関心ということだ。

国が衰退していく危機にあるにもかかわらず、その未来をどのようにして変えていくかには全く無関心。

この原因はいくつか挙げらると思うが今ぱっと思いつくだけでも大きな問題は3点。
①国民の政治に対する不信感
②メディアによる偏った報道
③国民の中にある他力本願の気持ち。

特に3点目が大きな要因だと思う。
①も②も結局は自分の政治への無関心を正当化するためのいいわけにすぎないと思う。

問題の本質は、誰かが何とかしてくれるだろうという他力本願な気持ちを多くの人が持っていることではないか。

駒崎さんが言っていたように、日本人は今沈没船に乗っていると思った方がいい。
沈みかけた沈没船の中で管総理という船長の下、ある者は浸水する水を必死にかき出し、ある者は無線で必死に救助を呼び掛ける。
みんなが必死になって考えて行動してこの危機を乗り越えていく意志を持つべきなんじゃないかな~。


ま、今回の話はよく言われる議論だからわざわざ書く必要もないけど、改めて思ったので記憶のためにも書いておきました。


あー眠いからもう寝よっと

自分が生きてきた歴史

最近、よく学生と面談する機会があるんだけど、毎回思うことがある。

それは、「ほとんどの学生が自分がどんなことをやりたいかわかっていない」ということ。


当社への志望動機は?と聞くと

「社会貢献がしたいからです。」とまるで誰かが後ろで操っているかのごとく多くの学生が口をそろえて言う。


社会貢献をしたいと意識自体は素晴らしいことっだと思う。
でも「なぜ社会貢献したいのか?」と聞くと明確に答えることができない学生がほとんど。

僕はその「なぜ」が重要なんだと思う。
世の中にある数ある選択肢の中でなぜ当社を選ぶのか?そこをはっきりさせるべきだ。


正直、どんな企業も社会貢献はしていると思う。

衣料メーカーだって社会不可欠な服を販売しているし、製薬会社は世界の病気に立ち向かっている。
機械の部品を作っている町工場だってその会社が無くなってしまえば元請メーカーは必ず困るし、夜の仕事だって疲れた人々を癒すという意味で社会貢献をしている。

企業は社会に必要とされているから存続しているわけで、その意味では存続している企業はどこも社会貢献をしている。

ではその数ある選択肢の中でどのように社会貢献していくかを決めるのだろう?
そこで重要になるのは、やはりひとりひとりの過去の経験だ。

その経験を通してどんなことを考えてどんな行動をしてその結果、自分はどんな想いを持ったか。
そこには他人が否定することのできない強い想いが込められている。


「自分の生きてきた歴史の中で強く疑問に感じた問題に真摯に取り組む姿勢」

この姿勢がしっかりしている人は、「なぜ社会貢献したいのか?」「どのように社会貢献をしたいのか?」といった質問に必ず明確に答えられると思う。


これは今就活を頑張っている人だけでなく、自分が何をやりたいかわからなくて困っている人、目的を見失ってしまった人、そんな人たちにとっても自分のこれまでの歴史を振り返って考えてみることは価値あることなんじゃないだろうか。


僕も今同じことを考えている真っ只中です。


夢はなんですか?

この週末というか木曜から日曜にかけていろんな人に会ってきた!

その中で1番心に残った言葉は「日本人はもったいないことをしている。」

途上国出身の人がその言葉を言っていたんだけど、頭をガツンと殴られた感じがしたよ。


日本人も途上国の人々も同様に夢を持っている。

しかし、同じ夢を持っているにもかかわらずそこには大きな差がある。

途上国の人々は、その夢を叶えたくても経済的、政治的理由によって叶えることが難しい。

一方で、日本人は経済的にも余裕はあり政治的自由もあり、頑張れば夢を叶えられる環境にある。

しかし、今の日本人の多くは夢を持っていない。

途上国の人々がものすごいうらやましがる環境にいるにもかかわらず夢を持っていない。

これって本当にもったいないことだよね。


今、学生の面談を行なってて、この話を聞いてから面談の最後に必ず「夢はなんですか?」って質問をしている。

今その学生が夢を持っていても持っていなくても「日本人は今非常に恵まれた環境にありながらももったいないことをしている。せっかくだから夢を見つけて突き進んでほしい」って伝えるようにしている。

小さなことでも僕が貢献できることはやっていきたいんだ。

Index of all entries

Home > ひとりごと Archive

タグクラウド
ブログ内検索
RSSフィード
リンク

Return to page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。